兄が亡くなった後、甥は私のもとで育ちました。彼の結婚式の日、司会者が新郎の母親に登壇して挨拶するよう促したとき、甥は司会者からマイクを受け取り、声を震わせながら涙ながらにこう語りました。その言葉を聞いた式の参列者たちは皆、目を潤ませ、(続)
2026/04/29

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兄が亡くなったのは、甥がまだ三歳にもならない頃だった。
義姉は若く、夫を失った悲しみで毎日泣き暮らしていた。義姉の両親は娘を気の毒に思い、何度も実家へ連れ帰っていた。

一年後、義姉は両親に勧められ、再婚することになった。
その時、義姉は私の両親に頭を下げ、「この子は兄さんの大切な血を引く子です。でも父を失ったうえ、母まで失わせたくありません。私が連れて行きます。名前も変えません。大きくなったら必ず帰します」と話した。

だが両親は受け入れなかった。
ある日、義姉に黙って甥を親戚の家へ預け、姿を隠した。義姉は甥に会えないまま再婚先へ向かった。

その後、母は義姉が連れ戻しに来ると恐れ、甥に「母親はお前を捨てた」と言い聞かせた。

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幼い甥はますます心を閉ざし、暗い子になっていった。

甥が七歳になった時、私は両親と相談し、甥を私の家で育てることにした。
私には甥より三歳下の娘がおり、明るく活発だった。二人で過ごせば甥も変わると思ったのだ。

甥を引き取った後、私は義姉とも連絡を取り続け、毎週こっそり甥を会わせた。
最初は戸惑っていた甥も、少しずつ義姉に心を開き、笑顔を見せるようになった。

義姉は再婚後に子どもを授かり、甥を引き取るとは言わなかった。
その代わり、「おばさんの言うことをよく聞くんだよ。みんなあなたを愛しているよ」と優しく伝えていた。

こうして甥は、実家、私の家、義姉の家を行き来しながら育った。

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祖父母の愛、母の愛、そして私の愛を受け、性格は明るく素直になった。
勉強もよくでき、私はほとんど心配することなく、甥は大学院まで進んだ。

そして昨年、甥は結婚した。
披露宴で司会者が「新郎のお母様、どうぞ」と声をかけた瞬間、甥は立ち上がり、司会者からマイクを受け取った。

甥は涙をこらえながら言った。
「僕には二人の母がいます。一人は産んでくれた母。命をくれたことに感謝しています。もう一人は、二十二年間育ててくれた母です。無私の愛をくれ、人を愛することを教えてくれました。おばさんこそ、僕の心の中で一番偉大な母です。今日は二人の母に、ここへ上がって祝ってほしいです」

会場は大きな拍手に包まれた。

参列者は皆涙ぐみ、私も涙が止まらなかった。

その時、私は改めて思った。
この子は、ずっと前から私の大切な息子だったのだと。

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